水で消えないコピーライターを開発します

コピーライターを目指す大学生と申します。

足し算のコピー

勝手に名付けましたが「足し算のコピー」は、How to say に力を入れているコピーだと思います。


奥さんと別れる」って約束、
「行けたら行く」ってぐらい軽いわ。
(居酒屋YOKO)

男の浮気をなくすのは、戦争をなくすより難しいの。
(居酒屋YOKO)

以上、電通の勝浦雅彦さんのコピーでした。
1つ目のコピーで言いたいことは「男は浮気性」だと思います。2つ目のコピーで言いたいこと、これも「男は浮気性」だと思います。酒の席で男の浮気が話題に上がるのは、この先何年経っても変わらないのかもしれません。

1つ目のコピーでは、「奥さんと別れる約束なんて当てにならない」と言ってしまえば、なんてことの無い一文ですが、その前に「行けたら行くってくらい」を足し算することでコピーになる。前文を足し算することで、新たなコピーが生まれています。さらにこのコピーは、What to sayの置換が起こっていると思います。実はこのコピーは「男は浮気性」と言いたいのではなく、あるものの軽さとあるものの軽さが実は同じくらいの軽さであるという新しい発見(裏what to say)を言っているのではないかと思いました。自分が何を言いたいのかと言うと、そのコピーで何を言うか(=新しい発見)は、必ずしもその商品や、見かけ上の題名に直接関係がなくても良いのではないかということです。

2つ目のコピーも構成がめちゃくちゃ似ていると思います。「男の浮気を無くすのは難しい」と言ってしまえばそりゃそうだ、で終わってしまうところを、戦争という言葉で注意を引いています。後ろに比較対象を足すだけでコピーに変身させてしまってます。そして、たしかに言っていることも正しいんじゃないかと思います。実際、本当に戦争無くすより難しいと思います。何というか、男って浮気することにそこまで罪悪感感じてないんじゃないでしょうか(笑)もしかしたらこのコピーで言いたいことは、

男が浮気することに対する罪悪感<<<<人間が戦争をすることで感じる罪悪感

かもしれません。これも、what to say の置換が起きていると思います。罪悪感レベルの違いが無くすことの難しさを決めているという事です。新しい事実の発見が、必ずしも主役に直結しなくて良いんだと、新しいコピーの価値観を提供してくれているコピーでもあると思います。

今、宣伝会議賞のコピーを書いているので、過去の宣伝会議賞の作品をSKAT.3から↓↓

母は、本日のおすすめと、北海道産に弱い
(ホクレン農協)
🔺「本日のおすすめと、」この足し算のおかげで、なんとなく後半に真実味が増します。嘘じゃないなってなるような気がします。「母は北海道産に弱い」だけなら、いやそんな母いるかもしらんけど、広告感全面に出てるやん!となるんじゃないでしょうか。

主婦になると値段が気になり、
母親になると産地が気になる。
(ホクレン農協)
🔺これも一緒だと思います。後半だけだと弱い。産地を気にするようになるには、それまでの過程がありますよ、と言う事でその言ってることに真実味が増します。リアルになります。

パソコンを使えないは遅れているが、
パソコンを使わないは進んでいる。
(Canon カメラダイレクト)
🔺「パソコンを使わなくても直ぐに写真が出来ちゃいます」なんてありきたりな言い方ではなく、前文を加えることで一気にコピーになる。これも裏what to say として、「『 ○○しない』と『 ○○できない』は違う」という、よく義務教育の先生が言うようなことが暗に含まれています。


この国を変えるのは、
顔の見える政治と
顔の見える電話。
(Fomaのテレビ電話)


以上、足し算のコピーでした。
何を言うかも大事だけど、結局はどう言うかの方がかなり大事なのではないかと思ったり思わなかったりしています。
もしかしたら、あらかじめ別の裏what to say を用意しておき、これを無理やり商品にこじつけるという新しいコピーの書き方もできるのかも知れません。というか、やっている人もいるのかもしれません。宣伝会議賞頑張ります。

コピーと一眼レフは似ている

一眼レフで景色を撮る際、その写真の上手さを決めている要素が3つあると思います。1つ目は画角、2つ目は加工、3つ目が物語です。

画角とは、その景色をどのように切り取るか。どんなレンズを使うか。何を主役にして、何を脇役にするか。特に上手な人のお写真は、主役に見えて脇役、脇役に見えて主役である現象が起きていたりします。例えば、夕日を主役に撮っているように見えて実はその端に移る釣り人が主役であったり。この現象はコピーにも起こるんじゃないでしょうか。実は言っている内容ではなく、言い方が主役であったりすることが。そのコピーの語尾が主役であったりすることが。
Instagramなどで上がっているプロの写真も、プロみたいな写真も、殆どはPhotoshopなどで加工されてます。写真の温度を変えたい、写真のコントラストを変えたい、それによって雰囲気や世界観を変えたい。これは、コピーの画角である切り口が見つかった後で、それをどんなクリエイティブを用いたら、届く言い方に変えられるか、人をナンパできるコピーに変身させられるか、と重なると思います。

そして、いい写真にはいい物語があると思います。たった一枚の写真から、その写真家の感性の泉を想像させられる写真。長い歌詞の中のたった一行のためにその歌があるかのような感覚にも似ていると思います。逆に言えば、どんなに画角が整っていても、色が綺麗でも、無機質な写真(=温度がマイナスでもプラスでもない写真)は沢山ある気がします。それは人の心を動かしません。コピーも、それに近いものがあるのではないでしょうか。同じことを言っているコピーなのに、片方は人の心を動かし、片方は次の瞬間に忘れられてしまう。物語のあるコピーとは、そのコピーを読んだ後でその前後を想像させる力を持っていると思います。それは意識して作るものと言うよりも、その人自身が持っていて、他の人にはない何かしらの「前提(=価値観であったり世界の捉え方)」を元にしてコピーを書いているから、世界観を想像させる力を持ったコピーが生まれるのではないでしょうか。自分でも何言ってるか分からなくなってきました!!!!あざした!

DAPUMPのU.S.A

DAPUMPのU.S.Aに出てくる「どっちかの夜は昼間」って言い回しが好きです。日本語自体の意味が通ってないのに意味が伝わる。夜は昼って、普通に意味わからないです(笑)これを普通に言えば「日本とアメリカ、どちらかが夜の時はどちらかが昼である。」こんな長い文を言葉数少なく通してしまう言い回し。こんなコピーを描きたい。

コピーはクイズ、企業名はアンサーでいいんじゃないですか。

良いコピーは、コピーを読んだだけで何のコピーなのかわかる必要がある

と、聞いた事がありますがそんなこともないんじゃないかと勝手に思っています。だって広告を読む時はビジュアルも一緒に見るのだから。コピーを読んだら、それが何のコピーなのかもまあ確認するでしょう。コピー単体だけを見て良いコピーかを判断する必要性が、無いことは無いと思います。でも別にコピーがクイズ、商品名(または企業名)がアンサーでもいいんじゃないか。広告という文脈にコピーという1文がハマっていれば。最後に意味が完成すれば。

コピーが楽しくない

コピーが好きでを書きまくってる人が一度は体験する感情「コピーってこんなに楽しくなかったっけ?」
それは、情緒的コピーを書いている時よりも、機能的コピーを書いてる場合によく起こるんじゃないかと思います。まず基本として、商品自体に競合他社と差別化できるくらいの強みがある場合、それをそのままコピーにした方がそのコピーは効果を発揮します。商品の機能の宣伝を重視したコピーを機能的コピーと言いますが、これはある種コピーライター殺しだと思います。コピーを書く作業に、ほとんど精神活動のようなものを必要とせず、クリエイティブな発想もあまり必要無いからです。どちらかと言うとターゲットとなる生活者の生活を妄想、想像し、商品がその生活のどこで必要とされるかを探して行く作業の方が求められるからだと思います。これを機能的ベネフィットと呼ぶことが多いそうです。それに対して情緒的コピーは、機能的ベネフィットでは競合他社と差別化できない場合の広告に使います。その商品を使った人が感情の上でどんな得があるかを言います。商品が与える情緒的メリット(情緒的ベネフィットと呼ばれます。)を考えること自体に精神活動を必要としますし、その作業が「商品」から飛んで「情緒的なメリット」へと着地する、クリエイティブと言えるからです。
コピーライターはコピーを描きながら、自分自身の精神活動と、それによって起こるクリエイティブを楽しんでいるんじゃないか。

宣伝会議賞 Canonのコピー研究しましたその②

前回の続きです!
去年の宣伝会議賞二次、三次審査通過作品。気になったコピーの研究を「SKAT.17」から。お題はこちら↓↓

「キャノンの一眼レフ『 EOS kiss x9』で、我が子を撮りたくなるアイデアを募集します。」

カメラに気づいた子どもは、応援されてることに気づいた子どもです

(二次審査通過作品)



・まず着眼点がすごいです。「カメラ=愛である。」これを親側が知っているのでは無く、子供側が気づくんです。

・言い方が完成されてるなと思いました。自分の中でこの型は斬新でした。万が一この視点を見つけられたとしても、「カメラで撮ることは、応援することだと思う。」とか、「カメラに気づいた子どもは、応援されていることに気づく。」とか言ってしまいそうです。○○な子供は、○○な子供です。という、同一人物について言っているものに対して、"子ども"を繰り返す。

AIR CANADAのキャッチコピーに、

人には生まれる国と、生まれ変わる国がある


というのを見たことがあります。この場合の繰り返しは同一の国については言ってません。生まれる国と、生まれ変わる国は、あくまで別の国です。似てるけど違う表現の仕方です。

どちらの言い方も自分の中にストックしておき、それをさらに変換させていただき、オリジナルの言い回しが出来たらいいと思いました。

話が逸れてしまいますが、ジェームス・W・ヤング著『 アイデアのつくりかた』という本に、「新しいアイデアは、既存の要素の組み合わせで出来ている」というのがあります。コピーもまた、クリエイティブな作業であり、この考えを応用出来るんじゃないかと思いました。


次です。次の3つのコピーを読んでみて、気づいたことがあります。ありませんか?笑

運動会でスマホはちょっと。

(三次審査通過作品)

自然体かは、距離次第。

(二次審査通過作品)

幼児は急に止まれない。

(二次審査通過作品)


そうです。語呂が良いんです(笑)
1つ目は、7文字→7文字
2つ目は、7文字→5文字
3つ目は、7文字→5文字
五七五七七の、どこかを切り取れば、語呂は良くなるんでしょうか。


個人的にもう1つ好きなコピーがこれです。2次審査通過作品です。

「小さい頃の写真ある?」は、ある日突然やってくる。


時空を超えるコピーですね。
時間軸が未来に行ってます。未来の子供が悲しまないように、今、撮りましょう。だからカメラが必要なんです。買いましょう、というベクトルも兼ね備えてるコピーだと思います。若干、恐怖に訴えるコピーに近いところもありますね(笑)
自分の好きなコピーに

よくある髪型にしていると
よくある人生になっちゃいそうで
それはよくないと思うのです。
(ヘアサロンCLOUD-HAIR)

があります。ベクトルの作り方の本質が似ていると思います。参考になります!師匠!本日は以上です!!

宣伝会議賞 Canonのコピーを研究しました その①

まずはCanonのコピーから、行きたいと思います。

🔻課題内容

「レンズ交換式カメラの魅力を伝え、使ってみたくなるアイデア。」


募集ジャンル
キャッチフレーズ/テレビCM/ラジオCM

以上です。

ちなみに、去年(2017年)のCanonの課題はこちら。

「キャノンの一眼レフ『 EOS kiss x9』で、我が子を撮りたくなるアイデアを募集します。」

です。

つまり、売る商品はCanonの一眼レフで一緒ですが、売るターゲットが違います。さらに、今年は「レンズ交換式カメラ」と、レンズ交換を強調させた内容になっています。

レンズを交換してまで写真を撮るというのは、そこそこ一眼レフを趣味にしていると人ということになります。

なので今回の広告コピーのベクトルは、
「一眼レフを趣味にする人を増やす」だと思います。去年とは、コピーの方向性がかなり違ってきます。

違ってきますが、一応去年の受賞作品、通過作品をSKATを見て研究させて頂きたいと思います↓↓↓

拙い自論ですが、お前なんやねん!と思われる所もあるかもしれませんが、その時は遠慮なくお申し付けください。よろしくお願いします↓↓↓


🔻協賛企業賞作品

ゴール後、ママが写真判定を要求した。


言葉に無駄が無いです。無駄が無いのに、情景が浮かびます。「ママ」「写真判定」の言葉のおかげで、「ゴール」が、何のゴールなのかが分かります。子どもが運動会のかけっこか何かでゴールする瞬間。

実際、そこまでするか?となりそうですが、それが逆にチャーミングさになっていると思います。そこまで子供の順位に一生懸命になれる親、子供の思い出・成長を大事にできる親という面と、ちょっと親バカな面とのバランスが丁度いいと思いました。

自分みたいに貧相な語彙しかない人からすると「ママ」が出て来ません。お母さん、とか、親とか。ママの方が少しだけ文字に温度が宿る気がしますし、文字数が2文字。しかも、主語と述語だけ取ってみたら、「ママが要求する」という若干の違和感。この違和感ある組み合わせがまた良いんじゃないかと思います。糸井重里さんの「おいしい生活」的な。どこか繋がる部分があるのではないでしょうか。

二次審査通過作品までいくと、三次審査通過作品、協賛企業賞と比べてもあまり素人から見た時に違いが分かりません(笑)

協賛企業賞作品と言っていることが同じ、二次審査通過作品がありました。


🔻二次審査通過作品

うちの子の膝っこぞうが先にゴールしてたでしょ。

すごいです。膝っこぞうっていう語彙がまず自分の中にありません(笑)
「膝小僧」ではなく、「膝っこぞう」なんです。
「うちの子」も、なかなか出てきません。ママさんが使う言葉だと思います。このコピーを考えた方がママさんでなかったら、ママさんになり切れる力がすごいと思いました。

この2つのコピーは何を言うかは同じですが、どう言うかが少しだけ違いました。二次審査通過作品の方が思い浮かぶ映像の解像度がより鮮明です。子供の運動会のゴール時の、しかもその瞬間の膝小僧。映像の解像度が鮮明であることが良いコピーの基本だと思っていましたが、必ずしもそうであるとは限らないのかもしれません。どうなんでしょうか。理由は他にあるのかもしれません。一眼レフに対して、オシャレなイメージを持っている人が多いかと思います。そのイメージと、「膝っこぞう」という言葉の相性が若干合わなかったのが、グランプリまで行く行かないの違いなのでしょうか。審査員の方も感覚的に選んでいる面もあると思うので分かりませんが、何となくそう思いました。

次回、二次審査通過作品、一次審査通過作品、について研究したいと思います。

コピー頑張ります!!!